ヒトツダケ商店街ヒトツダケ商店街

看板をTシャツにすること

話す人小野便利屋/小野さん
聞く人ヤスノリ
公開日:2018.04.10
暮らす
看板鑑賞は多くの人に理解されやすく、底の見えない趣味です。
ときに僕は風景を切り取るところで終わらず、そこから何かをする作業、それをしている人が好きで憧れます。
今日は、看板をTシャツにしている人に話を聞いてきました。

街の色とは何でしょう。

古い街、その存在に理由がある街は、その歴史が色になりましょうか、しかし日本においては良くも悪くも終戦後にマスタープランなき開発が行われた結果、似たような景色の街並みがたくさん作られました。

そんな中で、街の色とは何でしょう。僕は、個人の活動なのではないかと思います。

いいビル、いい看板、勝手な園芸、怒りの貼り紙。個々の自由な思いと活動の積分が、マクロな街の色を作っています。
然るに、街の色の元素であるところの「個人創作物」が蒐集の対象となるのはごく自然なことです。僕も散歩を趣味と公言する者の端くれとしてそれらを鑑賞し、勝手に解釈を付け加えることをライフワークとしています。

特に看板鑑賞は、多くの人に理解されやすく、しかも底の見えない趣味だと思います。誰でも一度は看板を二度見したことはあるでしょう。無いですか? 無いとするとあなたのお住まいの地域は、なんでしょう、亜空間とかでしょうか。

ときに僕は風景を切り取るところで終わらず、そこから何かをする作業、それをしている人が好きで憧れます。

例えば有名ですが「のらもじ発見プロジェクト」は素敵だなと思います。
味のある看板の文字をフォント化し販売、売上げの一部を店舗に還元する。

http://noramoji.jp/

ずっと更新がなかったのですが2017年に書籍化&新作フォントが発表されました。

そんなとき、街の看板をTシャツにしている人のことを聞いたので、それは是非話を伺ってみたい、と思って、今日に至るわけです。




小野便利屋の小野さん。
編集プロダクション「やじろべえ株式会社」所属のライターで、実は去年小野さんが書いた散歩記事で、僕が案内役を務めたことがあります。そこでこのお話を聞いて、これは詳しく聞かないといけないやつだなあ、と思ったのですが、なんやかんや予定が合わず、なぜか年末の新橋で会うことに。





あえてノープランで良い感じのお店探しましょう、と言っていたのですが、お店に悉く断られる。忘年会シーズンをなめてた。おじさんたちの年を忘れたいパワーがすごい。このパワーで新橋の電気が賄えるのではないだろうか。忘年発電。

結局小野さんが前に行ったことあるというお店に入りました。

Tシャツは、「小野便利屋」というウェブサイトの企画「看板娘」として制作しています。
「小野便利屋」は、二人の小野さんがなんやかんややっているサイトで、兄弟でブログ運営とかヒカキンみたいだな、と思ったら、もう一人の小野さんは同性の他人、しかも生徒として通っていたデジハリの先生なんだそう。なんでも、小野便利屋自体がデジハリの卒業制作で作った作品とのことで、それに先生を巻き込むってどういうことなの? それって大学で言うと卒論の実験を教授にやらせるとかそういうやつですよ、そんなことあるの? と伺うと、

「まあ、人柄ですかね」





人柄だそうです。

で、Tシャツ。処女作は、大宮の"味のあるほう"東口の外れにある「トマキュウレモン」という喫茶店。





フォントもいいけど、色もトマト、キュウリ、レモン、それぞれの色になっているのがいい。
この文字のかわいさが大層気に入って、お店の人にTシャツにしてよいか尋ねたところ快諾してくれ、制作することになったんだそう。






あれが、こうなる。
ロゴが意思を持って一人歩きしていく感じ、いいですよね。






ひまつぶし。ご主人に出来上がったTシャツを渡したところ、趣味の狩猟に着ていくほど気に入ってくださったのだそう。
狩猟に「ひまつぶし」って書かれたTシャツ着ていくのメッセージ性すごいな。僕が動物なら「ひまつぶし」と書かれたTシャツを着た人にだけは撃たれたくないですよ。

今まで作ったTシャツは4種類。
気になるお店を見つけたら時間をかけて仲良くなりながらじっくりと話を持ち込むため、多産が難しい面があるそうです。
味わい深いロゴをお持ちの店主は大抵ガラケーで、こういうことやってます、みたいなサイトを見せることもできず、「お金かかるのでは?」という不信感の払拭は腕のみせどころ。
いまのところ、許諾の成功率は驚愕の100%だって。100%? 100%ってのは大体怪しい。例えば独裁政治のトルクメニスタン首相の支持率が100%です。
100%って嘘でしょ、そんなことある? と伺うと、

「まあ、人柄ですかね」





人柄だそうです。

真面目な話、今までの全員が、Tシャツになることをとても喜んでくれるんだって。
出来上がったTシャツを持っていった日は飲食がタダになる確率もいまのところ100%だそう。
なんか、そういう関わったひと全員嬉しいみたいなのって、いいよね。




ところで、後日、思わずトマキュウレモン買ったんですよ、私。ちゃんと自腹で。





いいでしょう。真面目な話、絶対被らないから、良いんですよ。
で、何回か着ているうちに、不思議なことが起こりまして。
これを着てトマキュウレモンに行きたい気持ちが出てきて。
何て言うんでしょう。看板の帰巣本能みたいなものでしょうか。あれ、今すごくトマキュウレモン行きたい。
でも大宮、埼玉ですよ。ぼく神奈川住みですからね。なかなかねえ、行かないですよ。行かないです。行かない……
………
……






来ました。大宮来ましたよ。
さて、大宮。西口はこんな感じでデッキもあり、綺麗に再開発されているのですが……





東口はカオスで良いんですよ。看板が低すぎる。





その東口の、住吉通りという誰も知らない(トマキュウレモン店主曰く)通りの一角に、それはあります。








「マスター、このTシャツ」と上着を脱いで見せる。
「おっ」
一瞬で打ち解けられるのも良いです。

マスターにいろいろ聞く。
大宮の東口は闇市から発展した街で、権利も複雑なので未だに再開発されないのだそう。

正直人がまばらな住吉通りですが、昔はとても賑わっていたんだそうです。大宮はJRの大きな工場があって(今もありますが規模縮小)、社宅がたくさんあったんですって。それだけで街が潤うほどだったと。
社宅の跡地は西口のソニックシティのあたり。工場の跡地は鉄道博物館になっています。

当時は東口だけで30軒以上喫茶店があったのですが、今は数件しかないそうです。
当時に比べて人も少なくなったし、大手のチェーンに貸したほうが儲かるんだと。
確かに、素晴らしくカオスな街並みの中にチェーンが無理矢理入っているのをいくつか見ました。





少々残念ではありますが、個人的にはシャッターにならないだけマシだと思いました。シャッターになると街が死んでしまうから。
トマキュウさんは、趣味だから細々と30年以上続けているのだとか。趣味か。いいですよね。利益を考えると割に合わないことが世の中には多くて、趣味という丸腰のスタンスは、資本主義と対峙する一つの構えなのだと思いました。




そのあと大宮の街をぶらぶらする。
実は僕、西口のほうに毎年泊まるホテルがあります。息子とそこに泊まって、翌朝早く起きて鉄道博物館に並ぶのがお決まりのコースなんだけど、そういえば、東口をこうやって歩いたことなかったな。









看板に呼ばれて街に行くのもいいな。今回のことが無ければ、一人で敢えて来ることもきっとなかったし、この喫茶店に入ることも無かった。
翻って、看板をTシャツにして流通に乗せるという行為は、そういう、未知との遭遇を誘発することなのだと思いました。

看板Tシャツは、それを着て、行きたくなるから、とても良いものです。




今日話してくれた人

小野便利屋小野さん
やじろべえ(http://www.yajirobe.me)所属のライターです。 媒体はネタりか、みんなのごはん、SUMMOジャーナル、じゃらんニュース、CHINTAI情報局などで書いてます。

記事を書いた人

ヤスノリ
街の歪み研究家。散歩が好きなのですが、どうでもいいことを観察するので、人様に披露できる知識がいっこうに増えません。

フォローすると、こだわりすぎたお店について
無駄に詳しくなります。