ヒトツダケ商店街ヒトツダケ商店街

甘いもの苦手な人が単身フランスで修行してオーナーシェフになった話

話す人UCÀV ユーセーアーヴェー/富樫あかりさん
聞く人井上マサキ
公開日:2016.12.04編集日:2016.12.20
食べる贈る
「フランスで修行したパティシエ」って、ドラマみたいでなんだかスゴそう。でも実際修行しようと思ったら、どうやって家とか修行先とか決めるのかよくわかりません。明日修行に行くことになっても大丈夫なように、今のうちに心の準備をしておきたい。パティシエあるあるとかあるかもしれない。
というわけで、今回の「ヒトツダケ」はスイーツギフト専門店「UCÀV (ユーセーアーヴェー)」にて、オーナーでありシェフの富樫あかりさんにお話をうかがいました。

★ヒトツダケ商店街レポーター

1975年石巻出身のライター。元SEで2児の父。路線図が好き。


やいのやいの言う係。




ネットショップだからできるスイーツの「オーダー制」

今日はスイーツの専門店ということで取材に伺ったんですが……。





ショーケースにケーキが並んでるのをイメージしてたんですけど、お店に入ったら即工房なんですね。あれ、ここでスイーツを買えるんですか……?


いえ、ここで対面販売はやってないんです。ネットショップでの販売と、百貨店の催事だけでやってます。




スイーツギフト専門店UCÀV (ユーセーアーヴェー)のシェフ、富樫あかりさん。

そうなんですね。今はネットショップだけど、将来はでっかいお店を持つぞ!みたいなのは……


独立後は3~5年で路面店を……というつもりだったんですけど、今は一切思ってないですね。逆になんで?と思っているくらいです


そこまで言っちゃう。


これまでホテルやケーキ屋さんで働いてきたんですけど、ケーキ屋さんって並んでいるものから選ぶのが当たり前じゃないですか。でも中には「これを作ってほしい」ってあちこちお店を回ってお願いする人がいるんですよ。この間お作りしたように、電車を入れたケーキを作って欲しいとか……


電車? 何それ。


そうなの。俺この前ね、息子の誕生日に、京急の顔を入れたケーキを作ってもらったんですよ。





超いいじゃないですか!僕が欲しい。


でも、ケーキ屋さんって、こういうオリジナルの依頼を断るところも多いんです。


そうなんですか?


ケーキ屋さんって、忙しいんですよ。ショーケースに商品を並べるために、朝から晩までとにかく時間が足りないんです。そこにイレギュラーな作業が入るのって大変なんですね。上下関係も厳しいし、やることたくさんあるし、時間に追われるし……。


なんだか会社で働いてるのとおんなじですね……。


でも、やろうと思えば全然できることなんですよ。独立前のお店では、お客さんから依頼があったらできる範囲で全部やってたんです。それがパティシエになった原点なんじゃないかと思うようになりました。
やっぱり、人を喜ばすことが好きでパティシエになったわけだから、「これを作ったから買って」という自己満足にはなりたくない。じゃぁ、オーダー制にすればお客さんと一緒に作れるかなと。




UCÀV (ユーセーアーヴェー)のホームページ

今はショップにギフトのパッケージをいくつか用意していて。オリジナルのメッセージを受付けたり、「3000円でギフトをお願いしたい」とオーダーがあれば組み合わせて作ったりしています。


なるほど、花屋さんみたいですね。「2000円で白ベースな感じの花束作って下さい」みたいな感じの。


そうですね!


それにしても、全部お一人でやってるんですね。一度にどれくらい作るんですか。


その日によってまちまちですけど……。使っている道具である程度の限界がありますね。例えば一番大きなボウルがこれで……。





デカい。iPhoneをすり潰すのもわけないですね


僕のiPhoneです。


一番大きいボウルでバター4ポンド(約1800g)でしか仕込めないんですよ。仕込んだ生地を棒状にすると30本くらいできて、それを切ると何百個っていうサブレができます。


鳩サブレってどういう感じなんですか


なんですか突然。


鳩サブレは……食感が軽いっていうか、ショートニングとか使ってると思うんですけど、生地をのして、型で抜いてると思うんですよ。でも型を抜いたあとに「二番生地」が残るし……。もしかしら、柔らかい生地を型に流して焼いているかも。ちょっと浮いている感じがあるから、重曹とか膨張剤的なものが入っていて……


すごい。全力で答えてくれている


二番生地で「二番鳩サブレ」できそう。


鳩サブレが一番搾りみたいなことになっちゃう。




和菓子か洋菓子かの、運命の進路選択

富樫さんのプロフィールを拝見したんですけど、フランスで修行したり5つ星ホテルで働いていたり、とにかくスゴいじゃないですか。



2009年:製菓学校卒業後、渡仏。同年、ストラスブール ブーランジュリーgermain matterにて研修。その後フランス・パリ7区レストラン勤務、コルシカ島5つ星ホテル grand hôtel de cala rossa勤務。

2012年:帰国後日本橋のマンダリンオリエンタル東京に勤務し、国際大会WPTC 2006年日本代表の武藤シェフに師事。

2013年:日本橋のクラブハリエ・オクシタニアルに勤務。国際大会coup du monde de la pâtisserie 2015年・世界2位の中山シェフに師事。エクゼクティブシェフはフランス国家最優秀職人賞のステファン・トレアン。

数々の有名店を経て、2015年スイーツギフト専門店UCÀV オープン。


やっぱりケーキは昔からお好きなんですか?





いや私……甘いものあまり好きじゃないんですよ


わー


特に洋菓子のムースとか苦手で……お煎餅とか和菓子とか大好きなんですよ。


スイーツ専門店なのに!?


でもその分、洋菓子を食べた時の吸収力は半端無いんですよ。ここはこうなってる、とか。


確かにさっきの鳩サブレの分析もスゴかったですし……。たくさんケーキを食べたら美味しいケーキを作れるってわけじゃないんですね……。でも、和菓子が好きなら、和菓子職人になるって道もあったんじゃないですか?


そうなんです、すごい悩んだんですよ。製菓の専門学校って、2年目になると洋菓子か和菓子か選ぶんですね。


文系か理系か選ぶみたいなことになってる。


日本史か世界史かみたいな。


和か洋かって、超大事な選択じゃないですか?


みんなめちゃめちゃ悩むんですけど……。1年目の最後くらいに「海外で働きたい」って思うようになって。和菓子にしちゃうと、海外に行きたいって親を説得できないじゃないですか。日本でいいじゃないかと。


じゃぁ洋菓子やりたい!というより、海外で働きたいから洋菓子に……。もう完全に「歴史が好きだけど、センター試験で点数を取るために地理を選択」みたいなことでは……!


ノリで決めちゃいましたねー(笑) こんなにパティシエを続けるとは、正直思ってなかったです。




フランス修行、mixiで物件を見つける

製菓学校を卒業して、すぐにフランスで修行されてますよね。ノリで決めたとはいえ、本場フランスに飛び込むのって勇気がいると思います。修行先のあてはあったんですか?


いえ、全然。フランス語もしゃべれませんでした。





……ノリで行ってません?


いやいや、フランスに行きたい思いは固かったんです。同級生はみんな就職希望で、海外希望は私1人だったんですよ。卒業前に2回くらいフランスに行って、街の様子を見たり家や学校を決めたりしました。
その時はフランスで音楽留学している友達が頼りだったんですけど、その子もフランス語しゃべれなかったんですよね。


フランスにいるのに?


なんか「言葉はいらない」とか言って


そんなことないでしょ。


音楽留学の友達は「フォルテシモ!」とかで通じそうな気もしないでもない。


なので、まず語学学校に入りました。「入学したい」ってことを事前にGoogle翻訳で翻訳して持っていって


家を決めるのも大変じゃないですか?


当時mixiが流行っているときで、「パリ住まいの日本人」みたいなコミュニティで日本人が住んでも大丈夫な物件を紹介してたんですよ。そこで日本人が大家の物件を見つけました。


mixiすごい。モンストとかやってる場合じゃないですよ


モンストよりもっと前の話だから。


パリで語学学校に半年通って、その後ストラスブールの語学学校に移りました。
フランスには「スタージュ」っていうインターンシップの制度があって、就学中にお店で職業経験をつめるんですよ。それを利用して、ストラスブールの洋菓子店で研修を受けました。


そんな制度があるんですね。


フランス行ってから知ったんですけどね


行動力がすごい。


電波少年みたい。





語学学校を卒業したあとは、パリのレストランに就職しました。でもそこのパティシエがすごい厳しくて、しかも作るお菓子がマズくて……


それって洋菓子が嫌いだからっていうアレではなく?


いや……その人が作ったブッシュ・ド・ノエルを持って帰ったことがあって。歩きながら食べたんですけど、あまりにマズくてメトロのゴミ箱に捨てました。


それはホントにマズいやつだ。


そのあと知り合いの紹介で、コルシカ島の5つ星ホテルに住み込みで働きました。パティシエが7,8人いましたね。ホテルの庭でガーデニングをしていて、そこで採れたイチゴやハーブをケーキに使ったりしてました。ここはとても楽しかったですね。


そこのお菓子はちゃんと美味しかったですか?


美味しかったです(笑)




「フランスで修行してきた奴ほど仕事できない」

フランスの修行を終えて、日本に帰ってくるわけですけど、やっぱりフランスで修行した人となると扱いも違うんじゃないですか?


そうでもないです。パティシエの中では「フランスで修行してきた奴ほど仕事ができない」ってよく言われるんです。


そんなパティシエあるあるが。


パティシエあるあるです。


それはまたどうして……?





パティシエって、1つのケーキを1人で作るのではなくて、作業が分担されているんです。例えばロールケーキなら、生地を焼く人と生クリームを塗る人は別です。フランス人は自分の担当に集中するのが普通です。手伝うこともあまりないですね。


「焼けたから帰るぜ」みたいな。


そうですね。でも日本人は他の人をサポートしたり、タイミングを図ったりで、チームワークがいいしスピード感があります。コミュニケーションも、フランス人は言いたいことを言うけど、日本人は察しないといけない。仕事のやり方が全然違うんです。それなのに本人は「フランスで修行した」とプライドが高かったりする……。


プライドが高いから、新しい仕事のやり方に合わせられない、と……。


自分も日本に帰ってから戸惑いました。この時期が一番きつかったですね。


それはどうやって乗り越えたんですか?


その頃、新入社員の料理人の子がいたんです。研修の一環でパティシエとして配属されているから、当然お菓子のことは何も知らない。でも、現場ですごい信頼を得ているんですよ。なんで私は可愛がってもらえないんだろう……?って不思議で。


お菓子のキャリアは富樫さんのほうがあるわけですしね。


その子を見ていると、電話を走って取りに行ったり、朝一番で使う道具を全部準備したりしてるんです。仕事ができるできないじゃなく、いま自分にできることを考えてやることが大切だと初めて気がつきました。


もう、そこからこれまでのこと一切忘れて、自分から動くようにして。そしたら全部変わりましたね

世界が変わった感じですね。


ホントに変わりました。それ以来「いま自分にできること」は今でも大切にしています。






ヒトツダケ商品は「お試しセット」

さて、この「ヒトツダケ商店街」では商品をひとつだけ売ることができます。UCÀVではいろいろなスイーツを扱っていますが、「ヒトツダケ商店街」で販売する、たったひとつの商品とは……?


「お試しセット」です





お試しセットでいいの?


ここから形や仕上げを変えることもありますが、ほぼうちで作っているお菓子の全てですね。これを食べてもらえれば、うちのお菓子のことをわかっていただけるかなと思います。


材料へのこだわりみたいなのはあるんですか?


このお菓子を食べる人に笑顔になってほしいので、安いけどどこのものかわからない材料を使うのは違うと思っています。全部嘘を付かずに公表して作ったものにしたくて、JAS認定など、見て明らかに安全だとわかるものを使っています。


「お試しセット」を購入したお客さんの感想ってありますか?




個包装にしているので「開けた時に丁寧に作られているのが伝わってきました」という言葉をよくいただきますね。内祝いや出産祝いなどのギフトにされた方からは「喜ばれました」と感想もいただいてます。


ギフトで送る前に「お試しセット」で味を確かめられるのはいいですよね。


よかったらいかがですか?





ありがとうございます!さっそくいただきます……!





美味しい……。食感もふんわりしたものから、口の中でほどけるものなど様々ですね。色んな種類がたくさん入っているのでお得な気分です。もうひとつ……。


でも、今ここで美味しく食べられたらいいわけじゃないんです。


?(モグモグ)


この工房からお客さんの元に発送するので、お菓子を食べるタイミングはお客さん次第なんです。どこにどう保管されるか、いつ食べるかはわからないんですね。


そうか、届いてすぐ食べるとは限らない、と。





なので、お客さんが食べたい時に美味しく食べられるように、商品には食べ方を説明したカードを同封するようにしています。


例えば、マカロンは冷凍の状態で送ります。解凍後は3日間食べられるんですけど、美味しく食べるためにはその日のうちに食べてください、と伝えるようにしています。

「解凍してさらに10分ほど常温に置く」など細かく書いてますね……。せっかく美味しいものを作っているのに、タイミングを間違えちゃったらもったいないですもんね。


お菓子は、買ってもらって終わりではありません。お客さんに食べてもらって、美味しいと喜んでもらったり、幸せな気分になったりしてもらう。それがゴールだと思っています。



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自分の想いを実現するためにフランスへ飛ぶ、富樫さんの行動力には驚きっぱなしでした。店名の「UCÀV」はフランス語で「あなたへの贈り物(un cadeau à vous)」という意味なのだそう。ギフトを贈る人、受け取る人、みんなを幸せにするために、今日も富樫さんは工房でお菓子を作り続けています。





今日話してくれた人

UCÀV ユーセーアーヴェー富樫あかりさん
UCÀV(ユーセーアーヴェー)とは
フランス語であなたへの贈り物(un cadeau à vous)という意味です。

プレゼントを贈る人、受け取る人、その周りの全ての人を
笑顔にする商品を提供したい、という想いからつけました。

UCÀVでは伝統あるフランス菓子がさらに美味しく、可愛くなるために材料や型にこだわって焼き上げております。またお菓子一つ一つには古い歴史や言い伝えがありフランスでは常に人々の生活の中心にあります。

特別な日に食べるお菓子、なんでもない日に食べるお菓子。

その両方をUCÀVではご用意してお待ちしております。

記事を書いた人

井上マサキ
ライター。好きな路線図はロンドンとプラハ地下鉄。子供のころ「脱サラ」はサラ金から逃げ切ることだと思っていました

フォローすると、こだわりすぎたお店について
無駄に詳しくなります。